垂井曳やま祭り

お茶事の後は、垂井曳やま祭りに出かけました。
地図を見ると、西から、長浜、関ヶ原、垂井、大垣、と横並びの位置にあります。
長浜も子供歌舞伎があると伺っていたので、垂井の子供歌舞伎も繋がりがあるのでしょうか。
昔から幼い児には神が宿りやすいと信じられ、疫病から逃れたり、豊作を祈ったりしたのが始まりでしょうか。

各町の曳やまは、豪華絢爛。
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子供歌舞伎は、小学生の男の子が舞台を努めます。
残念ながら、演目を観ることはできなかったのですが、衣装を付け担がれて舞台に上がるところと、勇ましい青年の掛け声で動く曳やまは見ることができました。
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紋付袴姿は格好良く、着物に揃い法被も町ごとに分かれていました。
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子供の頃、芸児として子供歌舞伎を演じ、祭りと共に育つ垂井の男子は、着物姿も様になるというものでしょう。
紋付袴に下駄は、街では見られない姿です。
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曳やま神事は、二月の初集会から芸児集め、芸題定め、四月から初顔合わせ、稽古初め、五月の連休に本番を迎える次第なので、支える方も演じる方も大変なものだと、パンフレットで知りました。
芸題、あらすじ、配役は顔写真入りでと、パンフレットも立派です。
これは、またの機会に観てみたいものです。
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中山道の垂井宿、旅籠「長浜屋」をのぞき、垂井の泉へ。
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樹齢約800年の大ケヤキの根元から湧き出る清水は、涸れることがなく、垂井の地名の起源になりました。
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「葱し白く 洗ひあげたる 寒さかな」
元禄四年、芭蕉が句を読んでいます。

風に吹かれ、パラパラと時雨れて、とても寒くて居られなかったのです。
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夜は、岐阜のお酒で宴会。
泊まらせてもらったので、楽しくお酒が飲めて、垂井の夜は更けていきました。



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